◎「賽は投げられた」=今日の格言(57)  

◎「賽は投げられた」=今日の格言(57)       

シーザー(ローマの政治家)

紀元前50年、ローマ帝国はポンぺイウスとシーザーの対立に元老院の思惑が絡んで、混乱を極めていた。いまやシーザーは属州ガリア(フランス)の総督として巨大な軍事力と財力を築き上げ、ローマ帝国で最大の富豪・実力者になっていた。これに対抗して、スペインと北アフリカの属州総督であるポンペイウスは元老院の反シーザー派を糾合した。そして、シーザーの政治的失脚を狙って、ガリア総督の任期が終了する前にシーザーのローマ召還をを命じたのである。

「イラスト 無料 ...」の画像検索結果紀元前49年1月11日、シーザーはガリアとローマ帝国の境にあるルビコン川のほとりに、わずかな兵を引き連れてたたずんだ。兵を率いてその川を渡ることは、祖国ローマに弓を引くことであった。しかし3日前、自分を支持する者が全員、元老院を追放されたという知らせがもたらされていた。シーザーは最後の断を下した。その時、ギリシャの詩人メナンドロスの「賽を投げよ」という詩句に基づいて「賽は投げられた」と言い、自軍に数倍する兵の終結するローマに向かって、決然とルビコン川を渡ったのである。

事はすでに決した。事ここに至れば、もはや決断するしかないわけである。以来、この言葉は「敢然と行動を開始し、もはや一歩も引けない状況」を指して使われる。シーザーはこの決断のままに、少数とはいえ、長い間ともに戦場に起居してきた兵士らを率いて、疾風のようにローマに進攻した。一方、長く戦陣を離れていたポンペイウスは、戦陣の組み方も知らない多数の兵士を抱えて、敗走せざるをえなかったのである。

1年の間には山もあれば谷もある。飛翔する天馬のごとく飛躍発展するためには、ここ一番の決断が必要な時もあろう。噛みしめてみたい言葉である。